高齢でもインプラントはできる？糖尿病や骨粗鬆症の影響と、安全な治療のための「医科歯科連携」

こんにちは。三重県鈴鹿市の大木歯科医院 院長の笠井 啓次です。超高齢社会を迎えた現代において、年齢を重ねても「自分の口で美味しく食事をしたい」「友人と楽しく会話をしたい」という願いは、より一層切実なものとなっています。入れ歯の不具合や歯の喪失に悩むシニア世代の患者様から、インプラント治療のご相談をいただく機会も年々増えております。しかし、そこで必ずと言っていいほど直面するのが、「年齢」と「持病（全身疾患）」に対する深い不安です。

「もう80歳を過ぎているけれど、インプラント手術なんて体に負担がかかることは無理でしょうか？」 「糖尿病の薬を飲んでいますが、インプラントはできないと聞きました」 「骨粗鬆症の治療中ですが、顎の骨も弱いからダメでしょうか？」

このように、「やりたいけれど、持病や年齢のせいで諦めている」という方が非常に多くいらっしゃいます。結論から申し上げますと、年齢そのものはインプラント治療の制限にはなりません。 また、糖尿病や骨粗鬆症といった持病があっても、適切なコントロールと管理下にあれば、安全に治療を受けていただくことは十分に可能です。重要なのは、年齢という数字ではなく、患者様ご自身の「お体の状態」と、私たち歯科医師と内科などの主治医が密に連携する「協力体制」にあります。今回は、高齢者や有病者の方がインプラント治療を検討される際に、絶対に知っておくべきリスクと条件、そして安全に治療を進めるための具体的なステップについて、専門医の立場から詳しく解説していきます。

目次

1. 「年齢」は関係ない？インプラント治療の可否を決める本当の基準
2. 【糖尿病】インプラントの天敵？治療を成功させるための血糖値コントロール
3. 【骨粗鬆症】薬の種類に要注意！顎骨壊死のリスクと主治医との連携
4. 安全な手術のために不可欠な「医科歯科連携」と「全身管理」
5. シニア世代がインプラントを選ぶ意義：健康寿命を延ばす「噛む力」
6. まとめ

1. 「年齢」は関係ない？インプラント治療の可否を決める本当の基準

まず、患者様が最も気にされる「年齢制限」についてお答えします。医学的に見て、インプラント治療に年齢の上限はありません。 当院でも、80代、時には90代の患者様がインプラント治療を受けられ、噛める喜びを取り戻されています。なぜなら、インプラントと骨が結合する「オッセオインテグレーション」という生体反応は、ご高齢であっても、骨の健康状態さえ良好であれば、若い方と同じように正常に起こるからです。傷の治り（創傷治癒）に関しても、健康な高齢者であれば、若年者と比べて極端に劣るということはありません。

私たちが治療の可否を判断する際に重視するのは、戸籍上の「暦年齢」ではなく、お体の予備能力や健康度を示す「生物学的年齢」です。具体的には、「日常生活が自立しているか（ADL）」「手術に耐えられるだけの体力があるか」「ご自身、あるいはご家族のサポートによって、治療後の口腔ケア（歯磨きなど）が継続できるか」といった点が重要になります。逆に言えば、どんなにお若くても、重度のコントロールされていない全身疾患があったり、セルフケアが全くできなかったりする場合は、治療をお断りすることもあります。つまり、高齢であること自体がリスクなのではなく、加齢に伴って罹患しやすくなる「全身疾患」の状態こそが、治療の可否を分ける最大の要因なのです。したがって、「もう年だから」と諦める前に、まずはお体の状態を総合的に評価することが大切です。

2. 【糖尿病】インプラントの天敵？治療を成功させるための血糖値コントロール

日本人に非常に多い「糖尿病」は、インプラント治療において最も注意が必要な全身疾患の一つです。糖尿病の方がインプラント治療を受ける際のリスクは、主に二つあります。一つは「易感染性（いかんせんせい）」、つまり細菌に感染しやすくなることです。高血糖の状態では、白血球の機能が低下し、免疫力が落ちてしまいます。そのため、手術後の傷口が感染を起こしやすかったり、治療後に「インプラント周囲炎（インプラントの歯周病）」になりやすかったりします。もう一つは「創傷治癒遅延」、傷の治りが悪くなることです。血流が悪化するため、骨とインプラントの結合が阻害され、治療が失敗するリスクが高まります。

しかし、糖尿病だからといって絶対にインプラントができないわけではありません。血糖値が良好にコントロールされていれば、健常者とほぼ変わらない成功率で治療が可能です。その判断基準として、私たちは主に「HbA1c（ヘモグロビン・エーワンシー）」という数値を参考にします。これは過去1〜2ヶ月の血糖状態を示す指標で、一般的にHbA1cが7.0%未満（場合によっては7.5%未満）にコントロールされていることが、手術を行う上での一つの目安となります。逆に、この数値が高い状態のまま手術を行うことは、非常に危険です。治療を希望される場合は、まず内科のかかりつけ医に相談し、食事療法や運動療法、薬物療法によって血糖値を安定させることが最優先となります。また、手術当日の低血糖発作などを防ぐため、インスリンや内服薬の調整についても、事前に内科医と綿密な打ち合わせを行う必要があります。

3. 【骨粗鬆症】薬の種類に要注意！顎骨壊死のリスクと主治医との連携

特に女性の患者様に多い「骨粗鬆症（こつそしょうしょう）」も、インプラント治療に関わる重要な疾患です。「骨がスカスカだからインプラントは無理では？」と心配される方が多いですが、実は、骨粗鬆症自体がインプラントの結合を直接阻害するというエビデンスは少なく、骨の密度が多少低くても、埋入方法を工夫することで治療は可能です。むしろ、ここで最大の問題となるのは、骨粗鬆症の治療のために服用（または注射）されている「お薬」です。

特に「BP製剤（ビスフォスフォネート製剤）」や「デノスマブ」という種類のお薬を使用している場合、インプラント手術や抜歯などの外科処置をきっかけに、顎の骨の治癒不全が起き、最悪の場合、骨が壊死してしまう「薬剤関連顎骨壊死（MRONJ）」という重篤な副作用を引き起こすリスクが、ごく稀にですが報告されています。 このリスクを回避するために、以前は「手術の前後数ヶ月間、お薬を休薬（中断）する」という対応が取られることもありましたが、現在では、休薬することによる骨折リスクの上昇も考慮し、「休薬せずに、口腔内の衛生管理を徹底した上で手術を行う」、あるいは「主治医と相談の上、リスクの低い薬に変更してもらう」といった対応が主流になりつつあります。 いずれにせよ、患者様の自己判断でお薬を止めることは絶対に避けてください。必ず、整形外科や内科の主治医に「インプラント治療を検討している」旨を伝え、歯科医師との間で情報を共有し（対診）、お薬の継続や変更についての方針を決定する必要があります。このプロセスを経ることで、リスクを最小限に抑えた治療が可能になります。

4. 安全な手術のために不可欠な「医科歯科連携」と「全身管理」

糖尿病や骨粗鬆症に限らず、高血圧、心疾患、脳血管障害など、何らかの持病をお持ちの方がインプラント治療を受ける場合、絶対に欠かせないのが「医科歯科連携（いかしかれんけい）」です。これは、お口の専門家である歯科医師と、お体の専門家である内科医などの主治医が、手を取り合って患者様の安全を守る体制のことです。

当院では、持病をお持ちの患者様の手術前には、必ず主治医の先生宛に「診療情報提供書（紹介状）」を作成します。ここには、予定している手術の内容、侵襲の程度（体への負担）、使用する麻酔薬などを詳細に記載し、主治医から「手術を行っても問題ないか」「現在のお薬（特に血液をサラサラにする薬など）を継続して良いか、一時的に止めるべきか」「手術に際して注意すべき点は何か」といった医学的なアドバイス（許可）を求めます。この主治医からの返答（対診）があって初めて、私たちは安心してメスを握ることができるのです。

また、手術中においても、血圧や脈拍、血中酸素飽和度などをリアルタイムで監視する「生体情報モニター」を使用し、全身状態の急変に備えます。さらに、極度の緊張は血圧を上昇させ、心臓に負担をかけるため、リラックスした状態で手術が受けられる「静脈内鎮静法（セデーション）」を併用することもあります。このように、歯科医院であっても、大学病院の手術室に近いレベルでの全身管理体制を整えることが、有病者・高齢者のインプラント治療における安全の絶対条件となります。

5. シニア世代がインプラントを選ぶ意義：健康寿命を延ばす「噛む力」

ここまでリスクや条件についてお話ししてきましたが、それらをクリアしてまで、なぜ高齢の方にインプラント治療をお勧めするのか。それは、インプラントによって取り戻せる「噛む力」が、シニア世代の「健康寿命」を延伸させるために、極めて大きな役割を果たすからです。

入れ歯が合わずに痛みを抱えていると、どうしても柔らかいものばかり食べるようになり、肉や野菜などの繊維質なものを避ける「偏食」に繋がります。これは、タンパク質やビタミン不足による「低栄養」を招き、筋肉量が減少する「サルコペニア」や、心身の活力が低下する「フレイル（虚弱）」の原因となります。インプラントによって、硬いものでもしっかりと噛めるようになれば、食事のバリエーションが広がり、栄養状態が劇的に改善します。これは、お体の免疫力を高め、病気に負けない体づくりに直結します。

さらに、「よく噛む」という行為は、脳への血流を増加させ、脳神経を刺激するため、認知症の予防効果も期待されています。また、しっかりと噛み砕いて飲み込むことで、高齢者の死因上位である「誤嚥性肺炎」のリスクを下げることにも繋がります。そして何より、家族や友人と一緒に、同じメニューを美味しく食べ、口元を気にせず大笑いできるという精神的な充足感は、生きる意欲を高め、人生を豊かに彩ってくれます。インプラント治療は、単に歯を治すだけでなく、その後の人生の質（QOL）そのものを向上させる、価値ある投資なのです。

6. まとめ

高齢者や持病をお持ちの方のインプラント治療について、ご理解いただけましたでしょうか。

1. インプラント治療に年齢制限はなく、80代、90代でもお体の状態が良ければ治療可能です。
2. 糖尿病は、HbA1c 7.0%未満を目安とした血糖コントロールが重要です。
3. 骨粗鬆症の方は、服用薬（BP製剤など）によるリスクを考慮し、主治医との連携が必須です。
4. 安全な治療のためには、歯科医師と医科の主治医が情報を共有する「医科歯科連携」が絶対条件です。
5. インプラントで噛む力を取り戻すことは、低栄養や認知症を防ぎ、健康寿命を延ばす大きなメリットがあります。

「もう年だから」「病気があるから」と、ご自身で判断して諦めてしまう必要はありません。まずは、現在治療中のご病気やお薬の内容を、お薬手帳などを持参の上、私たちに正確にお伝えください。かかりつけの先生とも相談しながら、あなたにとって最も安全で、最善の治療法を一緒に探していきましょう。三重県鈴鹿市の大木歯科医院では、全身管理を含めた安全なインプラント治療を提供するための体制を整え、皆様のご来院をお待ちしております。